ピウス2世は 《歴史・教育・テレビ》

ルネサンス期のローマ教皇(在位1458年-1464年)。本名はアエネアス・シルウィウス・ピッコローミニ。シエナ出身で、シエナの大学で学ぶ。

もともと人文主義者の代表的な人物で、詩人、歴史家として高名であり、神聖ローマ帝国に仕え、皇帝の側近、外交家としても知られていた。

教皇エウゲニウス4世(1431年-1447年)時代のバーゼル公会議(1431年-1445年)に神聖ローマ帝国の宰相として参加し、教皇派と公会議首位派の対立を収束させるべく尽力した。その後、聖職者となる。

カリストゥス3世の死後、教皇に選ばれ、ピウス2世を名乗る。1459年、枢機卿ヨハネス・ベッサリオンの尽力を得てヨーロッパ諸国に呼びかけ召集したマントヴァ教会会議で、オスマン帝国に対する十字軍遠征を提唱する。

消極的な神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ3世に対してはかなり強硬な態度で参加を迫ったにも拘わらず、彼をはじめ応じる君主・国は殆どなかった。

1463年、十字軍を提唱する教書を再び発表、1464年には十字軍の出発地として決定されたアンコーナに赴くが、同年8月に逝去。直ちに遠征は中止された。
update:2009年10月05日